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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)523号 判決

原告 藤澤明哲

被告 三光汽船株式会社

右代表者代表取締役 亀山光太郎

右訴訟代理人弁護士 山中隆文

同 小川善吉

同 庄司好輝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、別紙(一)記載のとおりの判決を求め、その請求の原因として別紙(二)記載のとおり陳述した。

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、原告の訴の却下を求め、その却下を求める理由として、

「一般に商業登記は、不動産登記等の如く登記されている財産の取得を第三者に対抗するためのものでなく、一般取引の安全のために企業主の実体を公示する方法としてなされるものであって、会社に関する登記は、正にかかる性質のものである。したがって、その登記は、登記自体について特別の利害関係を有する者に対する場合を除き、一般的には会社が特定の者に対し義務としてこれを行うという性質のものではない。原告が本訴において本店移転登記手続を求めながら、「原告に対して」これを求める旨を明言していないのは、いわず語らずのうちにこの間の事情を裏書きしているものというべきである。

しからば、原告は、本件本店移転登記につきなんら特別の利益あることを主張しているものでなく、権利保護要件なくして本訴請求に及んでいることになるから、不適法な訴として却下を免れないものである。」と述べ、本案の答弁として、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する認否及び主張として、

「一 原告主張の請求原因一、二項の事実は認める。同三項のうち尼崎市に本店を置いている事実は認めるがその余は争う。同四、七項の主張事実は知らない。同五項のうち商法を遵守しなければならないとの主張は認めるがその余は知らない。同六、八項の主張事実は否認する。

二 会社の定款に記載され、かつ登記された本店は、会社組織法上の中心となる場所を指し、商法総則に定める営業所(本店および支店)は取引活動の中心となる場所として把握されるべきものである。したがって、前者は会社法上の手続を経て設置されたものであるかぎり、会社組織法上の中心たる場所を指向するものであることは間違いないが、現実にそこを本拠として会社の取引活動が行われているとはかぎらない。これに対し、後者は、そこを中心として営業活動が行われているかぎり、会社法のうえで本店といえないとしても、商法総則のうえでは営業所であって、債務履行の場所であったり、裁判管轄を定める基準の場所たりうる。しかし、この両者は、全然無縁のものではなく、会社の本店は、会社の組織上の中心たると同時に営業活動の中心たることが考えられており、両者一致することが本来の姿たるべきものである。そして、これを一致せしめる手続としては、会社法上の手続として定款および登記上の本店を営業活動の中心に移すか、取引関係を定款および登記上の本店に設定するよう取計らう事実行為が必要である。いま原告が求めるところは、定款上および登記上の本店を営業活動の中心に移すことにあると解されるが、そのためにはまず法律上株主総会によって定款所定の本店所在地を変更する決議がなされなければならないこと多言を要しない。しかるに、被告会社においては未だそのような定款変更の手続をとっていない(原告もその手続がとられていることを主張していない)から、原告の請求は、この点において法律上の不能を求めるものであって不当である。」

と述べた。

《証拠関係省略》

理由

一  原告の本訴請求は、「被告三光汽船株式会社(以下被告会社という。)は本店所在地を尼崎市東難波町五丁目二一番四号から大阪市西区靱一丁目一四五番地に変更登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めるというにある。

二  一般に、株主が本件請求の如き本店の移転登記請求権を有するか否かは問題のあるところであって、原告は本件請求について裁判所の判断を求める利益を有するから、被告会社の本案前の主張は採用しない。

三  そこで、原告の本訴請求の当否につき判断する。

被告会社が設立当初から現在まで尼崎市東難波町五丁目二一番四号に本店を置いていること(商業登記簿上)は当事者間に争いがない。原告主張の被告会社が設立当初から大阪市西区江戸堀上一の二五日本火災海上大阪ビル内(数年前から同市同区靱一丁目一四五番地明星ビルに移転)に本社を設けた事実は本件全証拠によるも認められない。しかし、弁論の全趣旨によれば、被告会社の主たる営業の本拠は現在、前記大阪市西区靱一丁目一四五番地に置かれていることが認められる。

そうすると、被告会社は前記尼崎市東難波町五丁目二一番四号に形式上の本店を、前記大阪市西区靱一丁目一四五番地に主たる営業の本拠地を有しているものと認めるのが相当である。

そこで次に、右認定のように形式上の本店と主たる営業の本拠地が一致していない場合において、株主たる原告が会社に対して右形式上の本店と主たる営業の本拠地とを一致させるための本店移転の登記手続を求める請求権を有するか否かについて検討する。

そもそも、本店の所在地は定款の絶対的記載事項であって、その公示もなされ、諸々の法律関係の処理基準となるべき法律効果が付与されているものであるから、形式上の本店と主たる営業の本拠地とが一致していないことは極めて不当である。しかしながら、本店の移転は、株主総会における定款変更の決議及び取締役会の決議を経てなされるものであって、会社の団体的、自主的規律に委ねられていることである。そして、前記尼崎市東難波町五丁目二一番四号から前記大阪市西区靱一丁目一四五番地へ被告会社の本店を移転するための右各手続がとられたことについての主張、立証はないから、原告の本店移転登記請求権を認める余地はない。

四  なお、原告は、昭和五一年三月二九日付準備書面(同年七月一四日午後一時の口頭弁論期日において陳述)をもって、本訴請求について「昭和五〇年五月二九日開催の被告会社第七三回定時株主総会における第五号議案・退任取締役に対する退職慰労金贈呈の決議が無効であることを確認する。」旨の訴の追加的変更の申立(昭和五一年(ワ)第三五六八号事件)をするというのであるが、右株主総会の決議無効確認の訴は、本店の所在地の地方裁判所の管轄に専属するものであるところ(商法二五二条、八八条)、被告会社の本店は前記のごとく商業登記簿上、尼崎市東難波町五丁目二一番四号に置かれているから、右訴は同地の神戸地方裁判所尼崎支部の管轄に専属するものというべく、したがって、右訴の追加的変更の申立は許さないものとする。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 菅野孝久 大谷種臣)

〈以下省略〉

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